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ほえ〜・・・。終わりました。放心状態。普通の日常に戻った。里芋とゴボウを煮てみたり、空気星条旗を洗ってみたり。本当はここで気を抜いちゃダメなのよね。即座に営業を掛けなければ。でもココロが疲れたよ。酔っ払いてえなあ。 ふと口ずさむのは憂歌団の『いやんなった』。ぶっちゃけた話し、こんなに大変なら早めに諦めて自作オリジナルにしときゃよかったんだよ。大変だったことベスト3の発表です。
やはり外国の古い曲の歌詞を変えて歌うことに対しての手続き。ダンスマンて、好きなんだけど、どうして出来るんだろ。清志郎さんのカバーズとか。他にもいっぱい有るよねえ。この手続きってのは、まるでカフカの『城』ですね。訳詞もサブタイトルもやめといた方がいいよ、ってことみたいだなあ。なんか幽閉されて隔離されてる感じ。そんなところに風穴を開けたいのになあ。
それ以前に、歌詞を書くこと自体が全行程の8割ぐらいだったけどね。ドンキホの時も7割ぐらいだったけど。
お客さんもライターも判断基準は歌詞でしょ。感動した、なんつっても歌詞の意味でしょ。私はそんな直接的なのは嫌なんですよ。私の原体験はビートルズで、あと時代的にはディランだしね。英語はわかんないし、訳を見ても全く難解意味不明、ナンセンスな物も多かったよ。でも面白かった。キミたち、なんで音楽に意味を探すかなあ。けど、私も器楽演奏ものより、歌ものが好きというジレンマで、自分風の歌詞を書きました。ブルース風の歌詞ではありません。「愛してるよ」なんて歌えないし、何を云いたいんだ、どんな思いを伝えたいんだと云われても、それはココにこうして書いていることだし、歌に歌えるようなメッセージは無いよ。
嫌なんですよ。自分らしくとか、ありのままでいいよとか、頑張れとか、安っぽっくてゲエッとなってしまうのよ。自分が云われたくないから、人にも云いたく無い。友達が警官に発砲された、でもテレビのニュースにもならなかった、そんな現実があるとしたら歌わなくちゃならないと思う。しかし無いもんんね。怒りや悲しみやイラダチを歌ったモノが好きだという人って多いと思う。けど私は笑いが好き。これはムズカシイよ〜。笑いのツボって人によって違うしね。
次ぎ。やるからには広がっていって欲しい。流通や媒体に載せたい。「百人は買ってくれるよ。だから百枚作ればいいんじゃないの。趣味でやりなよ。何を気張ってんのよ」という天の声が聞こえる。イヤなんだよう。知らない人にも聴いて欲しいんだよう。でもこれは自分の神経を図太くしていかにゃならんのよ。バイタリティでもって。「ウチでは無理」「ウチではやってない」「また次回に」と云われ続けて、やり続けるのはツライっすねー。でも諦めないっす。これが赤字だと次ぎが無いもんね。て、ここまで読み返してみて、すごくカッコ悪いっすね。
気を取り直して、そもそも何故ブルースなのか。アルバムタイトルは『BLUES』にしちゃったけど、本当にブルースをやりたい人が、そんなタイトル付けるだろうか。ラップをやりたい人が『RAP』ってタイトル付けたら、それは恥ずかしいんじゃないの。はい。恥ずかしいです。恥ずかしいことをしなくちゃダメよ。と常々思っとります。カッコイイことやってちゃダメよ。こんな文章書くのも、そんなポリシーの一環なんですのよ。
でも、ブルースってカッコイイんだよね。例えば、私は方言てカッコイイと思う。自分に無いから憧れる。例えが悪いかもしんないけど、そんなようなものだよ。みんなブルース好きなのに、出来るのに、何故やんないんだ、じゃあ私がやっちゃうよ。てな感じ。かな。
ブルースって日本でもあるけどさ、なーんか閉鎖的で入りずらい。「お前もブルースやるなら一生やらんとアカンで」と云われそうで。
私の知り合いも、ブルースが好きなのに、出来るのに、CDも出して曲もいっぱい書いてるのに、ブルースはやらない。イントロがブルースでも、トニックから6度mに行ったり、洒落たサビが有ったり。ブルースてのは3コードで3連なんだぜ。すぐに精神性をウンヌン云われるのもかなわないなあ。音楽なんだぜ。とか云いながら私のCDも1曲目、8ビートですけど。ダハハ、スンマセン。
6年前にG.ラブが出た時も、新しいブルースだっちゅーんで聴いたけど、ロックじゃんかよ。ふざけんな。ブルース第三世代の黒人も、なーんか眉間にしわ寄せてるライクーダーみたいでツマンネエよ。ライクーダーの方がファンキーだよ。ブルース好きという人も、SRVとかアルバートキングとか。あるいはドクタージョンでしょ、とかジョンスペとか。いいんだけどさ、とりあえず真ん中は話題にならないのよね。こうなりゃ意地でもウルフのカヴァーやるぜ。長髪教授のカヴァーもやっちゃったけどさ。
ダサカッコイイんだよ。日本編集(ソネフミノリ)の『BLUESIN'Vol.2』(VCD-2003)てのがヴィヴィッド経由Volcano Recordsてとこから、これも6年前に出てて、これがノケゾリまくり。ダサカッコイ〜!ファンキ〜!知ってる曲も多いし、楽し〜!こんなのやりて〜!カヴァーって、やりたいっすよ。ザバンドの中でも『ムーンドッグマチネー』が一番好きだし、ジョンレノンの『ロックンロール』も大好きだし、大滝さんの『ナイアガラムーン』や細野さんの『泰安洋行』もカヴァー集じゃないけど、楽しくて可笑しくて大好きなんです。タジマハルとボズスキャグスのカヴァー集はツマンナイ。レオンラッセル好きだったけど『BLUES』はブルースじゃ無かった。
今回の私の『BLUES』は、私の好きな本物のブルースが詰まっているかというと、そりゃあ私に向いて無いことはいっぱい有るわけで、例えばサニーボーイ()、エルモア、ライトニン、そして遂に死んじゃったジョンリー(6月21日没)彼等の歌は、その声の存在感がものすごくて、「ンーンーンー」と唸るだけで、ズーンと来ちゃう訳で、そんなのは私の声では無理。そもそもスローブルースは私の声では無理。残念ながら超ムリ。やっぱ声とか体型はそう変えられるものではなくて、着られる服と、着られない服ってありますよ。
昨日、中古でアルクーパー等の『スーパーセッション』買いました。これほんとに30年前、友達に借りてオープンテープに録って(当時カセットは一般的では無い)よく聴いた。30年ぶり。夏かし〜。アルクーパー声しょぼい〜。でも、これはこれで良いなあ。黒人音楽に対する憧れが溢れている。はっきり云っとくけど、ロックは黒人音楽に憧れていなきゃダメなんだよ。ロックに憧れてロックやってる奴らは全部ダメ。
なんてね・・・つい偉そーなこと云っちゃって。
相変わらずスカッと明るい文章にならなくてゴメンネ。ゴメンついでに、だめ押しに、今回の行程で苦痛だったことを書いておこう。
まず、やりたい曲に対して金を払いたいのに、その道筋がつかないものがあった。出版元、原盤権、もちろん作者は死んでるし、連絡が取れないで途方に暮れたこと。
次に、小売店も問屋も、個人相手にはなかなか話に乗ってくれない。じゃあってんで制作会社(レーベル)にも話してみたんだけど、看板、名前を貸すだけでは、ちょっと出来ないということでした。上記のことに関連して「話す」ということが、電話でも直接でも、すべて苦痛なんですよ。ミュージサンのスケジル合わせも、ライブリハ含めて大変だったなあ。で、それらの打ち合わせにメールも使うんだけど、パソコン嫌いなんですよ。DM作ったんで、宛名作りと管理に、今回初めてウィンドウズも使ったんだけど、パソコンに対するストレスもデカイぞ。ジャケなどにメールアドレス載せるべきなんだろうけど、そのアドレスにファンの人(?)が気軽に日記のようなもの送ってきたら嫌だなあと思い、怖くてアドレス載せませんでした。
DMといえば、ジャケもDMも、今回私の写真なんですけど、これをレコード屋、本屋、服屋に配って歩いてんすけど、恥ずかしい。自分をアピールするのって恥ずかしいっす。バンドなら、バンドのためという大義名分があるだろうけど、私のは百パー私のアピールだもんね。
ここ10年、20年、自分の顔を出さない人、結構いるけど、いさぎよくねえなあと思っちゃうんですよ。音楽に限らず、ライターも漫画家も、ネット上で意見を述べるも、本当は自分の本名と顔を出して勝負しろよってね。て、ライオンメリイは本名では無いんすけど。
作品と作者は切り離すべきではないと思う。作品に興味を持って欲しけりゃ、作者にも興味を持ってもらえよ。それは覚悟しろよ。でも、恥ずかしいっす。
今思い付くところは、こんなところかなあ。作ること、録音することに関しての苦痛はひとつも有りませんよ。テクノストレス以外は。って、パソコンは使ってませんよ。私が過去(未来も)皆様にお届けする音楽で、パソコンは使ってません。シーケンサーは使うけどね。
あと、やはり大きな苦痛として、けなされ批判されることへの恐怖。やめちゃえよ、という天の声が聞こえること。何をそんなにムキになってんのという声に抵抗するのはツライですよ。
最後に、この録音を始める前に書いた企画書に書いたことを再録します。
『今、最も不安なのは、この制作が「遊びでしょ」とひとことで片付けられること。しかし、矛盾するようですが、遊び心満載で、ガツンと楽しい物を作りたいです。』
楽しい物が出来たと思います。
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