『お墓参りのこころ』

(またハワイアン系の話だよ。興味ない人はよたろんちでも行っとくれよ。)

さて、ここ3年程どっぷりとはまりこんでいるハワイアンであるが、いまだに飽きる 様子もなくルンルン気分が持続しているところをみると実に自分にフィットした音楽 であるなぁと思うこの頃であります。

ここで一口にハワイアンといいますが、私をルンルンにさせているのはかつて日本で ハワイアンが大流行した頃に我々の上の世代の人々が愛して止まなかったムードたっ ぷりなハワイアンミュージックのスタンダード(アロハ・オエ、カイマナヒラ等)で はなくて、ギャビー・パヒヌイに代表されるようなスラックキー・ギターを演奏しな がらハワイ語で唄われるハワイアン・トラディショナル・フォーク・ミュージックの 方であります。

それはアイランド・フォークともいわれる島の土を感じる音楽なんで すな。そしてそのもう一つのハワイアンミュージックを日本に広めよう、少しでも知っ てもらおうと20年以上にわたる活動を続けているのが山内雄喜氏率いる「The  PineApple SugAr HAwAiiAn BAnd」なのでした。ライブの度におじゃましてはつた ないスラックキーを弾いていた私ですが去年までの研修期間が認められたのか、めで たく新メンバーとして迎えられました。願ったり叶ったりであります。

パイナップルシュガー
「3/25水道橋GANBOにおけるパイナップルシュガー」

スティール・ギターを始めて間もない1976年にRY COODERの発表した「Chicken skin music」というアルバムでギャビー・パヒヌイを初めて知ったわけですが,その ギャビーのスティールも良かったんだけどそれ以上に良かったのが相方のアッタ・ア イザックスというポチャポチャのスラックキー・ギタリストでありました。(ハワイ のほとんどの人はポチャポチャだけど) なにやらライのギターとギャビーのスティー ルに混じって聞こえる職人的なギターに一耳惚れしてしまった私は、いつかは弾ける ようになりたいと思いつつアッタというギタリストを胸にしまっておいたのだった。

月日は流れ2年前のとある日、山内宅に遊びに行った時に「スラックキーやらない?」 的な話になって、どうせならアッタのように弾きたいと思っていたことを告げると、 「それいいじゃない!」と大賛成されてしまい、アッタについての知らなかった事を たくさん教わった。なにしろ実物を見ているのであるから話にもリアリティーがある。 指は2本しか使ってないとか、音の割に手の動きが少ないとかである。またアッタの スタイルを伝承したただ一人の息子も若くして他界してしまった事なども。そんな話 を聞いただけでムクムクとやる気が出てしまうのがどうも私の単純なところではある。 そこからは猛練習の日々でありました。多くないアッタの音源からコードポジション やフレーズの音を最もシンプルな方法でやってみたり、雰囲気や手癖の研究をしたり と、アッタにリスペクトしつつ自分なりのスラックキーをモノにしなくちゃいけない という気持ちで練習してましたね。まだモノにしたわけじゃありませんが…。ていう かそんな簡単にモノに出来るわけがないです。


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